以下の翻刻・訓読・現代語訳・コメントは村井道明氏のご教示による

凌波不厭襪生埃 七里汀洲拾翠回
非是湘南煙景好 縁何勾引綺羅來
越山山人
訓読
凌波(りょうは) 襪(くつ)の埃(ほこり)を生ずるを厭(いと)わず。
七里の汀洲(ていしゅう) 翠(みどり)を拾うて回る。
是れ湘南の煙景(えんけい)の好しきに非(あら)ずんば、
何の縁あってか 綺羅(きら)を勾引(こういん)して来たらしむ。
現代語訳
波打ち際を歩いても、足袋に砂ぼこりがつくのも気にならない。
七里も続くなぎさを、草の緑を摘みながら歩いて帰ってくる。
湘南の入り江の景色が特別すばらしいからというのではない。
いったいどんな縁で、こんなに着飾った人をここへ誘い出したのだろうか。
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「游湘雜詠次渓水韻」と題し、『越山遺稿』所収。湘南は、神奈川県の相模湾沿岸の地域を指す名称。芳川顕正(越山)は、鎌倉に別荘を構えていた。
語注・気付き
*越山山人 芳川 顕正(よしかわ あきまさ、天保12年(1842)~大正9年(1920年)は、日本の官僚・政治家。旧姓は原田、高橋、幼名は賢吉。号は越山。栄典は従二位勲一等伯爵。(wiki)


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