
夜座庵中
故山未散説帰
期十日夜随
又別離小雨初収
残照晩闌干西角立多時
不生竺常
語注・気付き
*不生竺常 大典顕常 享保四年1719~享和元年1801 江戸時代中期の禅僧。漢詩人である。顕常は諱である。竺常と名乗るが釈(顕)常のことであり諱が二つあるわけではない。(wiki)
大典顕常 詩書
紙本縦□□×横□□㎝
以下の翻刻・訓読・語注・コメントは村井道明氏のご教示による。
翻刻
夜坐庭中
故山未敢説帰期 十口相随又別離
小雨初収殘照晩 闌干西角立多時
不生竺常
訓読
故山 いまだ帰期を説くを敢(あ)へず。
十口(じっこう) 相ひ随ふも また別離す。
小雨 初めて収まりて 残照晩(おそ)く、
欄干の西角(せいかく) 立つこと多時なり。
語注
【故山】こざん。故郷の山、転じてふるさと。
【帰期】帰る時期、帰郷の期日。
【十口】じっこう。一家の者たち。家族の人数をまとめていう。
【相随】連れ立つこと。
【殘照】夕陽の名残りの光。
【欄干西角】欄干の西寄りの隅。夕陽の方角を望む場所。
【立多時】長いあいだ立ちつくすこと。
コメント
「倚闌」(欄干に寄りかかる)と題す陸游詩を書き写したものである。「夜坐庭中」(夜に庭の中に坐す)では、詩文の背景がまったく合わない。『陸放翁詩集』には、「夜坐庭中」の近くに「倚闌」を収めており、書き違えたものと思われる。
また、遺墨は第二句が「十日相随」と読めるが、翻刻は原詩に従い「十口相随」とした。


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