書簡

宿屋の翁の君宛て雲多楼花足書簡

撮影:徳島県立文書館 / 史料番号:en200750-P3022345

なめしけれと帰る雁の
たよりにつけてひと
ことまをし侍るまつとよ
日にそひてうらゝかに
なりゆき侍るを君ハしも
咲花の匂ひさかえてこそ
いますらめとはるけき
霞のよそなからも思ひ
奉り悦びつゝ侍るまことや
大江戸と阿波の国とは
海に山に千さとをへたて
侍るものから不尽の峯の高き
みなはしもその鳴沢となん
世にひゝき聞へて侍るを
近くハ花の暮雪のもと
よりもふミのたよりにをりをり
は御有さまとも申こし
侍るにつけてもいとゝ御
ゆかしさもまさりつゝ

撮影:徳島県立文書館 / 史料番号:en200750-P3022346

たゝあけくれ東の空を
のミなんあふき望て侍る
さるはおのれちりひち
のかすにもあらねと早く
より青(?)雲の尊き代をしぬ
ふ癖侍りて哥てふもの
なん梅のみのすきものに
侍りけるを狂歌てふは殊
にをかしきふしもおほか
れは一しほおもしろう
けうありておほへ侍りつゝ
いせをの蜑のひかことを
かの出ほうたいにしも
さいつり出たるをめくらほ
ちはへみをしもおそれす
とこその春はしめて
暮雪にあとらへつけて
君の御まへにしも捧け
奉り侍るをその蜑の子
をあハれとやおもほし
給ひけんなめしともかい
やり給はていととくしわう
をしもかへさせ給ハせたる

撮影:徳島県立文書館 / 史料番号:en200750-P3022347

はまことに思ひ給ひ
かけぬ身の悦ひになんそれ
よりしてはかしこ
けれとをしへのおやといと
たのもしう思ひ給ひ侍り
つゝ同し夏同し冬とうち
つゝきて二たひまて詠草
奉りつそは君の御も
とにて作者部類続万
才集評はん記なとくさくさの
愛たき書ともミさかり
に撰ませ給うけるよし
風のとの遠音につたへ聞
侍りておふけなきわさ
なからいかて其むしろ
のはしにもとて例の猿
か人まねになん御らんし
所も侍らぬはもとより
なるをこはとみのわさに
さへ侍るなれハさなから

撮影:徳島県立文書館 / 史料番号:en200750-P3022348

錦おりなす花の御国
に塵芥をしもかつき
出たらんやうにてあな
心なのしつのしわさや
といかににくうもうたてう
もおもほし給ふらめと
そはへたの横好のさる
かたに見ゆるしてよ
そもそもおのれ此道にしも
志し侍りてはははやく
ミとせかほとにもなり侍る
なれとかなしきかも鄙の国
辺は都鳥のことゝふへき
人はさらなりさるミやひ
このむてふ友さへなくて
うたふもよむもかしのミ
の多く独のミにし侍るなれハ
あら野の蓬おのかまにまに
あらぬかたにのミおひおひ
こりつゝ侍るを今はしも

撮影:徳島県立文書館 / 史料番号:en200750-P3022349

かくはろはろと直なる麻の
あさからぬミをしへを
しもうけ奉りぬることは
かの明らけきますみの
鏡にもむかひたらん心地
して嬉し野のうれしさ
いとゝしき祝につゝミ
あふへうも侍らすなんされハ
とくその悦ひ聞へさせ侍る
へかめるをたゝなりハひの
ことのミめかり塩やきとか
いふらん様に侍りて心ならす
おこたり侍るになん猶聞へ
させまほしきことともハ
むさしのゝ艸のいろいろいと
しけうなん侍るなれとさのミ
くたくたしくやとて
みなもらしつ

撮影:徳島県立文書館 / 史料番号:en200750-P3022350

今より後はいよいよ何ことも
をしへさとし給へかしと
こひのミハゝかしこみかし
こミまをす
      雲多楼
        花足
 後の二月廿一日

宿屋の翁の君の
     御もとに

  かへすかへす
しつのをの袖にも待つ
東路の花の香さそふ
風のたよりを

大意

①失礼ではあるが帰る雁のたよりのついでに一言申します。
②まず、うららかな季節になってまいりましたが、先生は栄えていらっしゃるだろうと拝察し、お喜び申し上げます。
③江戸と阿波とは遠く隔たってはいるものの先生の御高名は世に響き渡っており、近頃は花の暮雪から先生のご様子を聞くにつけてもますますゆかしさもまさり、明け暮れ東の空を仰いでおります。
④私は早くから聖代(延喜天暦のような理想の御代)を慕う心が強く和歌を好んでおりましたが、とりわけ狂歌がおもしろいものだと気がつき、でたらめではありますが口から出任せに作りましたものを、おそれげもなく、去年の春、初めて、花の暮雪に頼み、先生の御許にお届けしました。
⑤先生は無礼ともお思いにならず、ご丁寧なご返事を下さいましたことは思いがけない悦びでした。
⑥それより後は先生を師匠と頼み申し上げ、同年夏、同年冬と二度にわたり自分の詠草をお送りしました。
⑦それ(そういう行為)は、先生の御許(五側をさすか)で『作者部類』『続万載集』『評判記』(『評判記』には朱・見せ消ちあり)など種々のすばらしい狂歌集の撰集がなされているとのお噂を耳にし、身のほどしらずながら何とかしてそのはしくれにも入れて頂きたいと思い、いつもの「猿の人まね」ごとである上に、急いで作ったものでもあり、さぞ見苦しいものとお思いになられたでしょうが、「下手の横好き」とお見逃し下さい。
⑧私、この道(和歌の道をさすか)を志し始めてはや三年になりますが、悲しいことにこの田舎では、都のように問うべき人はもとより、そのような風流事に関心を抱く友とてなく、和歌を詠むのも人の歌を読むのもただ一人ですから、自己流に陥りがちでした。
⑨今は遙か遠く隔たりながら先生の深い教えを承ることができ、増鏡に向かったような(明澄な)心地がし、悦んでおります。
⑩その悦びをお伝えするためもっと早く先生にお便りをさし上げなければならないのに、例の家業の忙しさにかまけて心ならずも遅くなってしまいました。
⑪申し上げたいことは山ほどありますがあまりくだくだしいのもよくないと思いまして省略しました。
⑫この後は何事もどうかお教えいただけますよう。謹んでお願い申し上げます。
      雲多楼花足
 閏二月廿一日

     返す返す
賤の男の袖にも待ちつ東路の/花の香誘ふ風の便りを
(私のようなつまらぬ者の袖にも待っております。東国の(文化の香り高い先生の)お便りを)

気づき

手鑑2-1-1の前に春足が出した書簡の下書き、もしくは控えではないかと思われる。

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