
なめしけれと帰る雁の
たよりにつけてひと
ことまをし侍るまつとよ
日にそひてうらゝかに
なりゆき侍るを君ハしも
咲花の匂ひさかえてこそ
いますらめとはるけき
霞のよそなからも思ひ
奉り悦びつゝ侍るまことや
大江戸と阿波の国とは
海に山に千さとをへたて
侍るものから不尽の峯の高き
みなはしもその鳴沢となん
世にひゝき聞へて侍るを
近くハ花の暮雪のもと
よりもふミのたよりにをりをり
は御有さまとも申こし
侍るにつけてもいとゝ御
ゆかしさもまさりつゝ

たゝあけくれ東の空を
のミなんあふき望て侍る
さるはおのれちりひち
のかすにもあらねと早く
より青(?)雲の尊き代をしぬ
ふ癖侍りて哥てふもの
なん梅のみのすきものに
侍りけるを狂歌てふは殊
にをかしきふしもおほか
れは一しほおもしろう
けうありておほへ侍りつゝ
いせをの蜑のひかことを
かの出ほうたいにしも
さいつり出たるをめくらほ
ちはへみをしもおそれす
とこその春はしめて
暮雪にあとらへつけて
君の御まへにしも捧け
奉り侍るをその蜑の子
をあハれとやおもほし
給ひけんなめしともかい
やり給はていととくしわう
をしもかへさせ給ハせたる

はまことに思ひ給ひ
かけぬ身の悦ひになんそれ
よりしてはかしこ
けれとをしへのおやといと
たのもしう思ひ給ひ侍り
つゝ同し夏同し冬とうち
つゝきて二たひまて詠草
奉りつそは君の御も
とにて作者部類続万
才集評はん記なとくさくさの
愛たき書ともミさかり
に撰ませ給うけるよし
風のとの遠音につたへ聞
侍りておふけなきわさ
なからいかて其むしろ
のはしにもとて例の猿
か人まねになん御らんし
所も侍らぬはもとより
なるをこはとみのわさに
さへ侍るなれハさなから

錦おりなす花の御国
に塵芥をしもかつき
出たらんやうにてあな
心なのしつのしわさや
といかににくうもうたてう
もおもほし給ふらめと
そはへたの横好のさる
かたに見ゆるしてよ
そもそもおのれ此道にしも
志し侍りてはははやく
ミとせかほとにもなり侍る
なれとかなしきかも鄙の国
辺は都鳥のことゝふへき
人はさらなりさるミやひ
このむてふ友さへなくて
うたふもよむもかしのミ
の多く独のミにし侍るなれハ
あら野の蓬おのかまにまに
あらぬかたにのミおひおひ
こりつゝ侍るを今はしも

かくはろはろと直なる麻の
あさからぬミをしへを
しもうけ奉りぬることは
かの明らけきますみの
鏡にもむかひたらん心地
して嬉し野のうれしさ
いとゝしき祝につゝミ
あふへうも侍らすなんされハ
とくその悦ひ聞へさせ侍る
へかめるをたゝなりハひの
ことのミめかり塩やきとか
いふらん様に侍りて心ならす
おこたり侍るになん猶聞へ
させまほしきことともハ
むさしのゝ艸のいろいろいと
しけうなん侍るなれとさのミ
くたくたしくやとて
みなもらしつ

今より後はいよいよ何ことも
をしへさとし給へかしと
こひのミハゝかしこみかし
こミまをす
雲多楼
花足
後の二月廿一日
宿屋の翁の君の
御もとに
かへすかへす
しつのをの袖にも待つ
東路の花の香さそふ
風のたよりを
大意
①失礼ではあるが帰る雁のたよりのついでに一言申します。
②まず、うららかな季節になってまいりましたが、先生は栄えていらっしゃるだろうと拝察し、お喜び申し上げます。
③江戸と阿波とは遠く隔たってはいるものの先生の御高名は世に響き渡っており、近頃は花の暮雪から先生のご様子を聞くにつけてもますますゆかしさもまさり、明け暮れ東の空を仰いでおります。
④私は早くから聖代(延喜天暦のような理想の御代)を慕う心が強く和歌を好んでおりましたが、とりわけ狂歌がおもしろいものだと気がつき、でたらめではありますが口から出任せに作りましたものを、おそれげもなく、去年の春、初めて、花の暮雪に頼み、先生の御許にお届けしました。
⑤先生は無礼ともお思いにならず、ご丁寧なご返事を下さいましたことは思いがけない悦びでした。
⑥それより後は先生を師匠と頼み申し上げ、同年夏、同年冬と二度にわたり自分の詠草をお送りしました。
⑦それ(そういう行為)は、先生の御許(五側をさすか)で『作者部類』『続万載集』『評判記』(『評判記』には朱・見せ消ちあり)など種々のすばらしい狂歌集の撰集がなされているとのお噂を耳にし、身のほどしらずながら何とかしてそのはしくれにも入れて頂きたいと思い、いつもの「猿の人まね」ごとである上に、急いで作ったものでもあり、さぞ見苦しいものとお思いになられたでしょうが、「下手の横好き」とお見逃し下さい。
⑧私、この道(和歌の道をさすか)を志し始めてはや三年になりますが、悲しいことにこの田舎では、都のように問うべき人はもとより、そのような風流事に関心を抱く友とてなく、和歌を詠むのも人の歌を読むのもただ一人ですから、自己流に陥りがちでした。
⑨今は遙か遠く隔たりながら先生の深い教えを承ることができ、増鏡に向かったような(明澄な)心地がし、悦んでおります。
⑩その悦びをお伝えするためもっと早く先生にお便りをさし上げなければならないのに、例の家業の忙しさにかまけて心ならずも遅くなってしまいました。
⑪申し上げたいことは山ほどありますがあまりくだくだしいのもよくないと思いまして省略しました。
⑫この後は何事もどうかお教えいただけますよう。謹んでお願い申し上げます。
雲多楼花足
閏二月廿一日
返す返す
賤の男の袖にも待ちつ東路の/花の香誘ふ風の便りを
(私のようなつまらぬ者の袖にも待っております。東国の(文化の香り高い先生の)お便りを)
気づき
手鑑2-1-1の前に春足が出した書簡の下書き、もしくは控えではないかと思われる。
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