
四月廿七日御状、其後六
月十日御状相達忝致
拝見候、此節甚寒之節
相成候、弥御安閑被成御座ヽ
珍重奉存候、当方無異
罷在候、御休意可被下候
扨御預り申置御詠草共
段々延引甚御気毒
千万奉存候、御詠草中

○印筋後便半紙にても
短冊にも清書被成御越
可被下候、○瀬辺方へ度々
文通ノ事御尤と方瀬辺者
賀島氏通箱へ入月ニ
一両度位参候、右ノ船江
返事相待居候時、せい
なし度々文通におよひ候
貴家も賀島へ向御出シ
可成候ハヽ、先早キ便り御座候
瀬辺ノ詠草も直様々
遣候事も出来不申候

一便位預り置事に御座候
先右詠草返上迄
早々以上
本居三四右衛門
十一月廿六日
遠藤宇治右衛門様
【大意】
①四月二十七日付け、六月十日付け御状(春足からの状)到着、拝見。
②預かっている詠草共(添削してもらうため春足から送ってきている詠草)返事が遅れ、申し訳ない。
③詠草中〇印をいれたものは後便で半紙でも短冊でもいいから清書して送って下さい。
④「瀬辺(部)方へ度々文通の事御尤?」(不明)(「瀬辺方へ度々文通」しているのは三四右衛門か。であれば「当方が瀬辺と度々文通しているのは瀬辺が以下の方法で手紙をよこしているからである。だから君もそうしなさい」と続くか。(三四右衛門が瀬辺とは度々文通しているのに自分には返事をくれないと文句を言ったか?)
⑤「瀬辺は賀嶋氏通箱へ入月ニ一両度くらい参候」(賀嶋氏通箱 不明 阿波藩家老賀嶋主水家が月に一、二度定期的に徳島・和歌山間に便船をやりとりしていたのだろうか。それに便乗することか?)「参」は手紙が参ることだろう。
⑥「右ノ船?返事相待居候時せいなし(????)(不明。右の便船は返事を待って持って帰るので度々文通をしている。の意味か?)
⑦貴家(春足)も賀嶋の便に頼めば早く着くのではないか。
⑨瀬辺の詠草もすぐ返すことはできません。一便くらい預かり置くことにしております。

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